目白庭園

目白駅から池袋方面に歩いて5分ほどのところに目白庭園があります。広さは2845平方メートルとありますから、駒込の六義園(文京区本駒込)の30分の1、都電面影橋近くの甘泉園(新宿区西早稲田)と比べても、5分の1ほどの広さです。

 こじんまりしていますが、中央に池を配置していて、手入れが行き届いているので、とにかく写真映りがいい日本庭園です。そのため結婚の記念写真の撮影場所によく使われているようです。入園は無料です。定休日は第2第4月曜日です。 平日ならすいているので、とにかく落ち着けるところです。池の水際に建っている「赤鳥庵」は京都の北山杉を用いた数寄屋建築だそうで、水面に優美な姿を映し出しています。


 じつは、この庭園は、それほど歴史があるわけではありません。開園は平成2年です。。その前は公立学校の宿泊施設「うずら荘」だったのを、豊島区が買い取って日本庭園にしたそうです。


 入口の看板にあるとおり、ここは国語の文学史に出てくる「赤い鳥」ゆかりの土地です。
「赤い鳥」は、鈴木三重吉が創刊した児童雑誌です。大正7年(1918年)に創刊され、児童文学に大きな影響を与えました。『赤い鳥』には芥川龍之介、有島武郎、泉鏡花、北原白秋、高浜虚子、菊池寛、西條八十、谷崎潤一郎など著名な作家たちが作品を寄稿しています。 創刊号を飾ったのが芥川の「蜘蛛の糸」。有島の「一房の葡萄」や西条八十の童謡詩「かなりあ」も「赤い鳥」に発表されたものだそうです。 鈴木三重吉の居宅が「目白庭園」の斜め向かい、「ギャラリア赤い鳥」の建っているところだそうです。


 そして、目白庭園の前の道を池袋方面に、西武池袋線の踏切を渡ってしばらく行くと、左手に「上がり屋敷公園」があります。ちなみに「お上がり屋敷」とは、江戸時代の狩場の休憩所のことだそうです。公園中央に大きなムクノキが1本立っています。この近くに、やはり「赤い鳥」のつながりでしょうか。「日本のアンデルセン」とも呼ばれる童話作家の小川未明や坪田譲治が住んでいたそうです。


 「上がり屋敷公園」の近くには、柳原白蓮も住んでいました。朝ドラ「花子とアン」で仲間由紀恵が演じたのでご記憶の方も多いと思います。白蓮の夫の父が中国の辛亥革命の指導者、孫文を支援したアジア主義運動の宮崎滔天です。南京の博物館には孫文と並んだ滔天の銅像があるそうです。孫文は宮崎家に出入りしていたといいますから、上がり屋敷の界隈は孫文がかつて歩いた道なのかもしれません。ちなみに滔天の兄が宮崎八郎という人です。九州のルソーともいわれる自由民権運動家で、西郷隆盛とともに西南戦争を戦って戦死しています。宮崎八郎については司馬遼太郎の「翔ぶが如く」に詳述されていますので興味のある方はどうぞ。

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