下落合(新宿区)

先日、JR目白駅の昇りエスカレーターを降りたら、右側に「本物の『目白』下落合に棲む」というキャッチコピーのポスターが、目に飛び込んできました。もちろん、マンションの宣伝ポスターです。いろいろ突っ込みを入れたくなるようなコピーですが、それが狙いなのかもしれません。物件の所在地は下落合3丁目で、2019年7月入居開始とあります。興味深いので、宣伝コピーをもう少し続けます。曰く、「目白通りを折れて一歩奥へ入ると、街は山の手の矜持と品格に満ちた表情を見せはじめる。新宿区下落合―そこは「目白」の名のもとに語られる邸宅街の精髄。(中略)東京の住文化をリードしてきた誇りを受け継ぐ秀邸。その豊穣の日々が幕を開けようとしています」。マンションを売り込む気合が感じられますよね。ちなみに案内図で調べると、「おとめ山公園」に近い、七曲り坂を登り切ったあたりの一角です。目白通りに出ると右側がピーコックストアです。物件の周辺環境の地図では緑が強調されています。興味深いのは緑の部分が公園と寺社のほかに3か所あること。それは「学習院大学」と「徳川ビレッジ」、それに「日立目白クラブ」です。まあ、マンションの宣伝コピーですから誇張はありますが、なるほどそういう見方もあるのだな、と思いました。徳川ビレッジについては前に書いたので、ここでは日立目白クラブについて書きます。

日立目白クラブ

日立目白クラブの画像

「日立目白クラブ」は、いまでこそ日立グループの福利厚生施設ですが、もともとは学習院(旧制高等科)の寄宿舎でした。イギリスの全寮制の有名なパブリックスクール、イートンカレッジをモデルにしているといわれます。明治の政治家で学習院の院長も務めた近衛篤麿の所有地の敷地に建てられたのだそうで、この洋風な建物は東京都の未来に残したい100の建物にも指定されているそうです。

近衛町

近衛篤麿の名前が出てきました。近衛家は五摂家の筆頭といわれ、太平洋戦争開戦直前の7月まで首相を務めた近衛文麿の父が篤麿です。篤麿が当時住んでいたのがこのあたりで、かなり広い敷地だったようです。日立目白クラブの正面の道をしばらく行くと、道路の真ん中に樹齢100年はあろうかという欅の大木が立っています。通称「近衛のけやき」と呼ばれる由緒ある木で、この木が立っているあたりは近衛邸の玄関先だったそうです。そうした由緒にちなんで、このあたりの高級マンションには「近衛町」という名前が多くついています。さらに目白通りの方角に進むと、住宅街の一角に警察の駐在所があります。目白駅前の交番から200メートルほどしか離れていないのになぜ、という感じがしますが、「戸塚警察署下落合3丁目駐在所」といって、大正13年に開設されたそうですから、日立目白クラブ(学習院寮)より以前からあることになります。おそらく高貴な方のお住まいがあったことの名残だと思われます。というわけで、冒頭に紹介した「本物の『目白』」は、この周辺のたたずまいをイメージしていると考えられます。たしかにこのあたりは、絵に書いたような高級住宅街の雰囲気を醸し出しています。

けやきの画像

目白文化村

ところで本物の『目白』といえば、目白周辺での初めて本格的な住宅開発が「目白文化村」です。下落合の西、住居表示では中落合、中井、西落合あたりになります。現在は山手通りと新目白通りで分断されているあたりに、西武鉄道(箱根土地=コクド)が開発した「目白文化村」(大正11年分譲開始)があります。東急の田園調布を意識したようで、分譲が始まったのもほぼ同じ時期です。目白文化村には武者小路実篤や女流作家の吉屋信子、ジャーナリストで東洋経済新報社の社長を経て首相となった石橋湛山も住んでいたそうです。

目白に関する情報

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